2018年7月14日土曜日

【台湾和牛「源興牛」の故郷 】国境の島に千年のウシをたずねて/萩・見島への旅①



萩の沖40キロの離島・見島(みしま)は、山口県最北端にある周囲14キロほどの小さな島。
昨年、山口本の構想をしているとき、見島に日本の和牛の原型であり純粋な在来種「見島牛」(天然記念物指定)がいると知り、会いに行きたいとずっと思っていました。
その後、李登輝元総統が育てている台湾和牛「源興牛」のニュースが出たのが秋ごろ。源興牛は、日本時代に日本から持ち込まれた和牛が陽明山で放牧してあったのを買い取り飼育を始めたものですが、そのDNAを調べたところ、何とこの山口県見島で飼われている見島ウシに一番近いとか。この夏は何としても見島ウシに会いに行かなくちゃ!
それから、山口に帰ってきてすぐに本屋で偶然にも書籍『千年の田んぼ』(石井里津子・著)と出会い、見島に残る「八町八反」と呼ばれる田んぼが、何と西暦6-7世紀ごろに作られた「条理」(当時の中央政府が定めた戸籍を反映させた田んぼの単位)であること、およそ1000年以上、殆どそのままの形で残された日本にふたつとない「奇跡の田んぼ」であることを知りました。
そして、ついに念願の見島ウシとの対面。こんなに美しく愛らしいウシがいるのかと目を見張りました。

稲作と耕作用の牛はセットだと思うので、それなら見島ウシも千年以上、ここ見島で人々の暮らしに寄り添いながら、純粋な日本在来種としての血種を保ってきたに違いない、、、「千年の田んぼ、千年のウシ」。
実際に見島に伺って見島ウシ保存会の多田会長にお話を聞くうちに、益々その実感を強くしました。そんな見島ウシは台湾にも渡り、今また「源興牛」として復活しようとしています。実際に、源興牛の写真を多田会長に見せると「見島ウシによう似とるねえ!!!」と驚きの声をあげる多田会長の言葉に、「ですよね・・・!!!」と、ただただ感激するばかり。
ちなみにこの見島、島の形も見島ウシに本当にそっくり(写真右はしが鼻先)。まさに和牛の聖地です。

これまでも、取材対象との縁を様々な形で感じることがありましたが、今回の見島ほど「呼ばれた感」があるのは初めてのこと。
見島の隅々に息づく事物から受け取ったメッセージを、これからどうやって記事にして、皆さんに届けるか。
難しくて、楽しくて、胸躍る国境の島への旅です。
今回の見島ウシに会いに行く旅、NHK山口放送さんで取材して頂いています。
7月19日18:10~から NHK山口放送局でのオンエアだそうです。山口県の皆様、どうぞ宜しくお願いします!


2018年6月25日月曜日

【タイワニーズ 故郷喪失者の物語】


野嶋剛さんからご恵投いただいた新刊『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』を拝読しました。『SAPIO』誌連載のときから凄味のある記事だとは思っていましたが、改めて書籍として読み始めたら、体温があがり胸がバクバクするような面白さ。
そしてなんと、私のひそかな夢が叶っていた。
『食は広州にあり』や『象牙の箸』といったグルメエッセイとの出会いをきっかけに、「ハイQ」という邱永漢さん自身が運営するインターネットサイトを見つけ、恋に落ちたみたいに邱さんを追いかけた日々がかつてあった。といってもQ(邱)さんの本を読んだり、Qさんが推奨する中国株をほんの少し買ってみたり(この株がまた上がらない株だった)、奥さんのレシピで台湾料理を作ったりしてただけだが、知れば知る程にその止まらない機関車みたいなエネルギーと高速回転する脳みそ、世界を見る透徹した眼、浪費され続ける文学的才能と、野心と欲深さが交じり合う人間臭さにのめりこんだ。
商売人なのか文学者なのか。
いい人なのか悪人なのか。
台湾人なのか、中国人なのか、日本人なのか。
どれを当て嵌めても「ニセモノ」なのにどれを当て嵌めても「ホンモノ」で、そのどこを打っても響きかえってくる「邱永漢」という思想は、結婚というアクシデントによって台湾を全く知らないまま日本を離れた私に、アジアのダイナミズムの幾ばくかを教えてくれ、心の支えとなった。
だから邱さんが亡くなって、世間では「お金儲けの神様が亡くなった」と少し記事になったぐらいで、邱永漢さんの凄さを俯瞰して書かれたものはなに一つ出てこないことがずっと気にかかっていた。そんな時に野嶋さんの『台湾とはなにか』を読んで、「あー野嶋さんが邱永漢さんを書いてくれたらいいのに」とずっと思っていた。「夢がかなった」というのは、そういう意味だ。
書籍『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』では、邱永漢さんのほか蓮舫さんやリチャード・クー親子、小説家の東山彰良さんなど、台湾と日本にまつわる稀少な履歴とファミリーヒストリーをもつ方々がまな板に載せられる。フェイスブックを見ているかぎり、野嶋さんは相当の食いしん坊とお見受けするが、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』を読んでいると、取材対象に切り込むその包丁さばきに惚れ惚れする。
包丁も一本だけではなくて、鎌形から出刃、中華包丁から刺身まであらゆる種類がそろえてある。素材や料理法に合わせて、切ったり叩いたり揉みこんだりと手のかけ方が見事だ。そしてどの仕事にも、野嶋さんのこれまでの経験と知見を生かした確かな揺るぎなさがみえる。
出来上がった野嶋特製「台湾料理」は、多彩な経験と文化を備え、複雑で深くてとっても豊かな味がするが、その豊穣さの中に美味しいだけではない、恐ろしい毒が仕込まれている。それは「我々」という言葉だ。
温又柔さんの章で、とある文学関係者が温さんに投げかけた言葉が紹介される。「あなたのような方が我々の日本文学に関わってくれるのは大変光栄です」。
そして野嶋さんは、こう書く。
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「我々の」とはいったいなんなのか。
「あなたのような方」っていったいどういう人なのか。
この男性の発言は、温又柔の口から聞くと、分別のない言葉のようにも聞こえるが、いつ私がこう語ってもおかしくない。
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「我々」とはいったいなにか。読者なのか、日本人なのか。じゃあ日本人って何なのか、日本の国籍を持つ人なのか、日本にルーツをもつ人なのか、「かつて日本人」だった人も含むのか。「台湾料理」の定義が難しいのと同じぐらい、「我々」の定義は困難だ。むしろ本書を読めば、「我々」の輪郭はどんどんぼやけて曖昧になっていく。でもそれが知りたくて、もっと味わいたくて、どんどん口に運んでしまう。食べれば食べるほどに、お腹がすく。
そんな『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』は優れた人物評論である上に、「極上のグルメ本」でもあると思うのだ。






2018年6月23日土曜日

【台湾映画】只有大海知道~海だけが知っている



蘭嶼を舞台に、そこで暮らす原住民タオ族の生活をテーマに撮られた映画『只有大海知道』を観に行った。

監督は台東沖の蘭嶼という島に暮らすタオ族の子供たちが、タオ族伝統の民族衣装「ふんどし」を嫌がったのを観て、映画を撮ることを決意したという。
台湾原住民の抱える問題(貧困・親子の扶養)を描く意味では『只要我長大』に比べて脚本などもっと練られたらよかったのにと惜しい部分も多いが、個人的には最近とくに興味を持っている「海洋文化」を感じられたのが面白かった。

タオ族の男たちの勇壮な踊りはそのまま北海道民謡の「ソーラン節」だし(歌詞も実際に『ソーラン ソーラン』と唄う)、ふんどしの締め方も日本と同じだ。長い髪を前後に振る女性の踊りも、アイヌ民族の女性による「黒髪の舞」を彷彿とさせるのは、黒潮→対馬海流による海の道によって、古くから南洋諸島と日本のあいだで文化が行き来してきたことを感じさせる。


フィリピンバタン諸島から渡ってきたと言われるタオ族は、台湾原住民の中でも首狩りをしないので(アミ族も)、古くから他の民族との往来や貿易も盛んだったのではないだろうか。4千年前に台湾で最初に文明が栄えた場所は台東だったと言われるが、その中でも蘭嶼は黒潮の真上にあり、世界の海洋交通におけるハブ的な場所で、かつての海洋文化の中心だったかもしれず、それがタオ族に脈々と伝わる文化の誇りとして生き続けてきたんだとおもう。
近代になって国や国境が出現したことにより、世界の中心だった蘭嶼は今や、台湾の東端っこの貧しい田舎の孤島で、放射能汚染廃棄問題も抱え、子供たちは民族文化の誇りを失いかけているのは、なんという皮肉だろう。

蘭嶼の海洋文学者、シャマン・ラポガンさんの著作は日本語にいくつも翻訳されているので、この夏の帰国の際には色々読んでみたいと思います。ちなみに、第11代台湾総督の上山満之進が画家の陳澄波に依頼した作品「東台湾臨海道路」の額縁も、蘭嶼タオ族の船の木材を使い、タオ族伝統の文様が彫り込まれています。

2018年6月16日土曜日

台湾でみる『楢山節考』考


今村昌平の『楢山節考』デジタルリマスター版を劇場でみた。思ってたより人が入ってたズラよ。改めて観終わって思ったのは、これは日本よりむしろ台湾とかの中華圏のほうがウケルんだから、今またやってるんだろうなと納得したズラ。なにせ、ここにえがかれているのは神話的なほどの親子愛だから。
『万引き家族』もそうだけど、最近の日本映画は弱い人たち壊れた人たちが家族を作って頑張っていく疑似家族ものが多い。アメリカではジョン・ウォーターズとかティム・バートンが昔から撮ってきた個人的に好きなテーマだけど、台湾映画ではそういう映画がびっくりするほど少ない(そして「お母さん」を軸にした映画がすごく多い!)ことに、台湾社会におけるジェンダーの自由さに対しての家族的保守というもののバランスいついて考えさせられる。
その理由についてはこれから観察を続けていきたいところだけれど、最近では「アリフ」「オンハピネスロード」など、ジェンダーアイデンティティー・女性の自立にするどく切り込みつつ、最終的には子供を産んで自分の血のつながりを繋いでいくっていう事で落ち着くのは何でなんだろう。「血は水よりも濃い」っていう言葉に対して、現代日本と台湾のあいだにものすごい温度差があるなあと、『楢山節考』見ながら思いました。
『楢山節考』の映画自体はアイヌの民話のようなアミニズムの目線に立ったもので、山に暮らすフクロウや鷹や蛇や狸たちの視線を通して、冬山という厳しい生活環境のなかで、食べたりまぐわったり身ごもったり殺したりしながら生物界を生き抜いていく「動物」としての人間が生々しく描かれる。
女子は売れるから喜ばれるけど男子は間引きされて田んぼに棄てられ、次男以降は結婚もできず家族の下働きとして飼い殺しにされ、70歳を迎える年配者は姥捨て山に棄てられる。すべて限られた「食料」の中で命を繋いでいくためだ。
因習というものに対しての好奇心という意味で、当時のカンヌでパルムドールを争った『戦場のメリークリスマス』の坂本龍一が言った、結局『楢山節考』が選ばれたのはカンヌ審査員による一種のオリエンタリズムだ、みたいな言葉の意味も分かる気がする。
村のタブーである「盗み」を働いていた雨屋の家族が夜中に村人たちによって簀巻きにされて穴のなかに生き埋めにされるシーンで、埋め終わった村人たちが何の躊躇も振り返りもせずサーっと舞台から消えてしまうのは、まるで私たちの身体のなかの白血球とかが異物を攻撃してあっという間に回復してしまう、ひとつの生命体の有機運動みたいでそうした捉え方が、小説から映画がひとつ別物の世界を作りえた部分かなと思いました。木下恵介バージョンがまだ未見なので、この夏は帰って探してみようと思います。
小沢昭一、殿山泰司、左とん平の完全にその世界にはいちゃったキャラと、倍賞美津子のエロみほとばしる太もも、清川虹子の思いがけず若々しく張ったおっぱいも見どころ。楢山節考

2018年6月2日土曜日

『お嫁においでよ台湾へ』



  天皇陛下が卓球の福原愛選手に、台湾男性に嫁いだことについてお声を掛けられたニュースを観た。フィギュアスケートの浅田真央選手も、引退を発表した記者会見で「愛ちゃんに台湾人男性を紹介してもらう」とのたまったし、どうやら今、日本では台湾人男性がアツいようだ。
 かくなる筆者も、台湾人男性と結婚して今年で12年目になる。今やGWの出国先として一番人気となった台湾だが、かつては「結婚して台湾にいる」と言っても台湾がどこにあるかさえピンと来ない日本人は少なくなかった。二十年前、三十年前に嫁いできた大先輩方にいたっては「象がいるんでしょ」「テレビあるの」「川で洗濯するの」と真顔で聞かれたなどという話を聞くにつけ、いまの台湾ブームには隔世の感がある。

 さて、個人差はあれども一般的に台湾人男性との恋愛は日本人女性にとってはかなり楽しいと言えるだろう。花束をはじめサプライズ・プレゼントは日常茶飯事、荷物は持ってくれるし車道側を歩いていたらそっと内側に導いてくれるし食事も取り分けてくれるなど、台湾人男性は女性をお姫様気分にひたらせる技に長けている。
 しかし、そこにも背景はある。台湾人男性が女性に優しいのは、そもそも母親に鍛えられているから。つまり、結婚すれば嫁よりお母さんの意見が優先されるのである。女性の社会進出率も高いので、日本人男性のように「一家の大黒柱」たる意識は希薄だ。よってある日突然ニートと化し、奥さんが仕方なく必死で働くといパターンもよく聞く。一生お姫様でいるのも、どうしてなかなか、難しいのである。
(栖来ひかり/城南タイムス 2017年5月号掲載)


2018年5月23日水曜日

【書籍紹介】片倉真理さんのご新著


在台作家・片倉真理さんのご新著『台湾探見 Discover Taiwan―ちょっぴりディープに台湾(フォルモサ) 体験』(ウェッジ)をご恵贈いただきました。
御本の各所に「台湾にドハマりする魅力」が仕掛けられているのは、長年台湾を隈なく取材して来られた片倉ご夫妻ならでは。例えば、あのシャキシャキと瑞々しい水蓮の茎がどんな土地でどういう風に栽培・収穫されているか、媽祖様の巡礼にどれだけの人々が深い信仰をこめているかなど、10年以上暮らしていながら知らなかったことが沢山ありました。
台湾を書くことで第一人者とも言えるお二人ですが、今わたしが台湾について取材したり書いたりできていることも、片倉ご夫妻ら大先輩方が地元の人々と良い関係を築いたり、文章や記録や思索の入り口を残して下さってきたお陰ともいえて、読み進めるうちにそういったことへの感謝の気持ちも湧いてきて、胸がじーんと熱くなりました。
ご主人の佳史さんのお写真、そして丹念な取材のなかから紡ぎだされる真理さんの「イタコ」のような言葉に、その土地その土地の人々の歴史や思いがぎっちりと詰まっている。まるで台湾の鉄道弁当みたいな美味しい本です。
この御本をパスポートに、是非とも台湾各地の魅力にずっぷりとハマっていただきたいです。

ご注文はこちらから!




2018年5月20日日曜日

京都と水とY字路と。



『きょうの猫村さん』でおなじみの京都出身の漫画家、ほしよりこさんに『逢沢りく』という名作がある。東京からきた主人公の女子高生「りく」が関西に馴染めない話なのだが、預け先の家族のノリがいちいちベタで面白く、そのひとつに京都が舞台のサスペンスドラマを観ながらツッコみあう団欒シーンがある。つまり、「南禅寺」から「嵐山」に突然ロケ地が飛んだりするのに「遠いやろ!」とか言いつつドラマを観るのだが、これって京都人には「あるある!」な楽しみなのではないだろうか。   
中でもテッパンのロケ地はおそらく、舞妓さんたちがお参りするので有名な、祇園北側白川沿いの石畳に建つ辰巳大明神だろう。「碁盤の目の街」の代名詞のような京都でも、注意して見ればY字路は少なからず存在するが、全国のお茶の間で知られるこの辰巳大明神は、京都のY字路の顔ともいえそうだ。




 古代中国から発展した法格設計、いわゆる碁盤目状の都市計画は、平城京や平安京をはじめ日本の街づくりに大きな影響をおよぼしたが、計画的に作られた都市のなかを斜めに食い込む「Y字路」ができる理由は、たいてい次にあげる3つのどれかに当てはまる。ひとつは、フランスパリのエトワール広場にみられるような意図的にデザインされたY字路。ふたつめは、東京の渋谷などで散見される高低差由来のもの。そして三つめは、元々は水路や川だったところが暗渠となったり、鉄道の線路が埋め立てられたり、新しく開通した幹線が古い道と交わったりという、いわば都市計画の変遷のはざまで出来たものだ。
特によく目にするのが三つめで、たとえば四条大宮から北西に向かって千本三条まで斜めに走るY字路もそう。「後院通」という名の通りだけれど、地元の木材業者の反対によってやむなく斜めに通されたという街路で、1912年から1978年まで路面電車が走っていた。当時その線路に敷かれていた高価な御影石の敷石は、線路廃止後に哲学の道で石畳として第二の人生を歩んでいるらしい。





 辰巳大明神のある「巽橋」のY字路にもどろう。
Y字路の左側を流れるのは「白川」である。比叡山麗に端を発し、鹿ケ谷をとおり、南禅寺の西で琵琶湖疎水と出会ってから知恩院のわきに流れてきたあとに、ここ巽橋の下を流れて鴨川へとそそぐ白川は、脇に立ち並ぶお茶屋のお座敷に、情緒ある優しいせせらぎを運んできた。明治27年(1894年)の『京都伏見間水路地圖』をみると、当時のこのあたり、まだY字路になっていない。新橋通と末吉町のあいだをただ白川が斜めに横切るばかりである。しかしその後、昭和五年(1930年)発行の『京都都市計画図』では、Y字路の左側の白川に沿う「白川南通り」が出現している。つまりここは、新橋通を横切っていた白川の川幅を狭くして、その脇に新しい道(白川南通り)をこしらえたことで出来たY字路なのだった。
 筆者は『台湾、Y字路さがし。』(台湾玉山社発行/2017)という自著のなかで、台北をはじめとする台湾各地のY字路の成り立ちや周辺の歴史について調べた。そこでわかったのは、特に都市部のなかのY字路に関していえば、巽橋のY字路と同様に、多くが河川や用水路などの「水路」と関係することだった。

 水を近くに感じながら呑む酒って何故だか美味しく感じられるものだが、京都はそんなロケーションに事欠かない。白川沿いの料理屋。高瀬川沿いのバー。桜のころなら出町柳の三角州でシャンパンが泡立つような桜並木を眺めながら呑むビールは格別だし、夏ならば鴨川を見下ろして飲む川床や東華菜館のビアガーデンだって捨てがたい。
京都下鴨の「伊万里」というバーをやっていたマスターが昔、台北に遊びに来たときにこんなことを言っていた。「京都って土地は、地下にある大きな湖のうえに浮かんでるんですよ。」

なるほど地下湖か。

そう考えれば、蒸し風呂のような京都の夏の暑さにも納得がいく。京都という街が浮かんでいる地下湖から汲み上げられた京都の井戸水は、ほのかにあまく殊のほか旨いが、伏見の蔵元・松本酒造の「澤屋まつもと」など、美味しい日本酒もおおい。
 つぎに京都に帰ったら。
どこかのY字路に立つ飲み屋にて、そこにもかつて「水の流れ」があったかもしれない、そんな想像をしながら酒をのみたい。地下湖の水が蒸発して空にあがり雲をつくる。雲から落ちた雨は比叡山麗の土に浄化され、幾筋もの流れとなって京都の中心へと流れ込み、鴨川のせせらぎへと変わる。もしもその時にのむ酒が、鴨川と並行に南へとはしる高瀬川沿いに建つ伏見の蔵元で作られたお酒であったならば。なんだかまるで「京都を呑んでいる」みたいに、感じられるのではないだろうか。

《Men's Leaf vol.04 京の街ブラ大冒険》掲載