2014年12月30日火曜日

台北の晦日



台湾ですごす、なんどめかのお正月。
花市でみつけた松の苗木、珊瑚なんたらという熱帯魚すむイソギンチャクみたいな花、台北の古道具やでむかしみつけたお稲荷さん(1体のみ)、縄を結んだものに赤漆でコーティングした箸置き、、、そんなものでお正月のしつらえ。

いろいろ足りないことにも慣れて、有るものでそれなりの支度をすることに漸くきもちも馴染んできたらしい。

「神は細部に宿る」ならぬ、「神はきもちに宿る」。
でもやっぱりこの時期の
かまぼこ屋さんにだしまき・伊達巻をうる鶏卵やさん
市場やスーパーのざわめき
正月飾りをうる露地のみせ
なつかしい友人たちと囲む鍋とタタミの上に転がったビールの空き缶
「ゆくとしくるとし」を見終えて除夜の鐘がきこえたところでよいしょと腰をあげ重装備でむかう初詣の道中
ほっぺたをぴしぴしと凍りついた空気にうたれるいたさ
挨拶の「よいおとしを」が「おめでとう」に変わる瞬間
などを思い出すと、ちりっとせつなくはあるけれど。

むかしからお稲荷さんとは縁があって、京都にいたころ住んでいた町家では何ヶ月にいっぺんバケツと雑巾が
家の前にあらわれる。一番おくのちいさなおいなりさんのお掃除当番が、まわってきたしらせだった。
東京でよく訪れていたお稲荷さんでは、子供のお宮参りもした。そこの茶店のきつねうどんたべるのが、いつもたのしみだった。
さいきんは連想ゲームのようにつぎからつぎへと年がら年じゅうなにかをおもいだしている。
行事があったり季節をかんじたりするたびに
ぶわーーーーーーー
っとむかしの記憶が六甲おろしのように脳みそに吹き込んできて、頭の中がいそがしくてたまらない。

だからなのかしらん
としをとるほど一年が、はやく過ぎるようにかんじるのって。



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