2015年1月9日金曜日

上野雄次さんの花1


(2013年10月) 

20代前半に早坂暁の「華日記~昭和生け花戦国史」で中川幸夫という巨人に出会っていらい、花に対しずっと恋に似たあこがれを持ちつづけてはきたけれど、だから花を習ってみようと思ったことはなかった。

中川幸夫とその妻・半田唄子が共に、食うや食わずの四畳半で一晩じゅうたったひとつの白菜をいけることに挑む。そんな凄まじいエピソードに怯んでしまい雑な性分のわたしなんかは踏み込めない神聖な世界とおもっていた。興味はあるから川瀬敏郎さんとか栗崎昇さんの本とか買うのだけれど手元においてたのしむのみ、というかんじ。

だから一時期お手伝いしていた茶芸サロン「小慢」で、上野雄次さんという方のお稽古があるときいて、なんで行ってみようという気になったのかよく覚えていない。
ただ台湾ではうつくしい「花」に出会うチャンスがほぼ皆無だったから、そういうものに飢えていたのかもしれない。

上野教室では、特別な決まり事はほとんどない。
三点ほど生け込まれた大きな作品が一度ばらされ、先生がもういちど組み立てながらポイントや考えかたを説明してくれるのが前半。


後半はそのポイントを念頭に、用意された花材と器のなかからすきなものを選び、すきな場所でいける。
型はいっさいない。
花材には、花の問屋で仕入れたもののほか、上野さんが山にはいって取ってきた花材もいろいろある。
クワズイモ・芭蕉の葉、桜の木の枯れて落ちたものとか。




それで、これがわたしの、上野教室での記念すべき一作目。
                
牛頭のほねみたいな流木が気にいって、そこから活きた花が臓器のように顔をのぞかせるイメージ。
大安森林公園で秋になると不気味に黒光りしてブラブラとぶらさがっている70センチぐらいある豆も、何とか使いたいとおもった。
カタチがきまらず組み立ててはバラすを繰りかえして、二時間ちかくゴニョゴニョやっていた。




それから、先生の講評がまわってきた。
作品を構成する花材・場所・うつわの、「選んだ順番」をたずねられる。わりと無意識に「なんとなく」きめた素材がおおいことにハッとする。
おなじ花材をつかって、先生がつぎつぎと生けなおしてくれる。


なんだか魔法をみてるみたい。



おなじ花材をつかっているのに、ずっとグロテスクで魅力的にみえて息を呑む。
花はひとさしごとに違う表情をみせてくれる!
「花をいけることは花の呼吸をつかむこと」って誰が言ってたんだっけ。




そこで頭に浮かんだのは、たとえば半田唄子がさいごの着物を質にいれて得た金で買った600本のカーネーションから中川の代表作「花坊主」が生まれたエピソード。
なんで花をいけるのか
なんのために生きるのか
そんな答えようのない質問をじぶんに投げかけながら「まっしぐら」に生きた人だけがもつ、気迫のようなものを垣間みた気がした。

だから思わず上野さんに中川幸夫が好きだという話をしたところ、上野さんが中川幸夫を追悼するため今年の春の一周忌にお仲間と丸亀までわざわざ花をいけに出掛けられたことをうかがい、バシッと膝を打ちたくなるほど得心した。
昨年中川幸夫が亡くなったニュースを聞いてもう新しい作品は見れないことが悲しくて泣いたこと、そのときのいいようもなく寂しい気持ちに火を点してくれる上野教室との出会いだった。

中川幸夫は死んでしまった。

けれどその想いは若い花人達の手に宿り生き続けているらしい。
教室を後にして、答え合わせをして見事正解のまるをもらった子供のような足どりで家に帰った。






                            












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