2015年1月29日木曜日

(東京番外編)はち巻岡田


酒呑みは酒呑みを愛している。
そして「酒吞みのエレガンス」は作家の吉田健一に教わった。
これはかつて一時期東京に住んでいた、吉田健一好きの酒吞みの話。






  

ある雨が降る晩、銀座松屋の裏にある『岡田』という料理屋で飲んでいた。
料理屋といっても、これもおよそ何でもない、酒が飲みたい人間に酒を飲ませ、料理が食べたいものに料理を出すだけの店である。だから、酒はたるで灘から取って、自分で庖丁を振う主人は、流儀は江戸前料理でありながら、関西にも行って修行してきた。 

これは吉田健一の「酒肴酒」(1974年)におさめられている短編「海坊主」の書きだしである。
の文章に幾度となく登場するこの店に昔から憧れを抱いていたところ「松屋の裏でまだやってる」と聞いて居ても立っても居られなくなり、夫を誘って出かけた。 
年輩知人の教え(老舗の料理屋はとくに予約するべし)にしたがい電話をしても誰もでない。
 どうして電話が通じないのだおかしい閉めたのではないかと、口うるさい夫がブツブツ文句を言う。ともかく夕方ごろ直に銀座松屋の裏まで出かけていくと、店は果たして「銀座松屋の裏に」たしかにあった。 
戸を開けたら奥から出てきたヒョロリと色白で柳腰にエプロン姿の女性に、予約時間を伝える。女性の受け答えは早口だけれどソツなく親切さに溢れていて、気取ったところの微塵もない。
そういえば「名店・老舗」と言われるなかで、お店の人がそれを鼻にかけてツンとしているところは実はそんなにないな、と思い当たった。たとえば鰻の野田岩で。たとえば高台寺和久傳で。どこでも楽しげで気さくな仕事ぶりが印象に残る。 

七時に店内に入ると、私たちを含めてテーブルに二組だけだ。
蛍光灯で照らされた店内はひっそりしている。
 聞き取れるような取れないような、後ろテーブル席のいかにも社長さん然としたおじさんたちから出る「ボボボボ」と真空管アンプを通したように軽快にくぐもったイズ。 
このまま白黒にすれば小津映画でも見ているようで、今にも笠智衆がガラリと戸を開けて入ってきそう。 
昔「銀座で飲む。」とはまさしく「はち巻岡田」にいる感触がそのまま銀座全体に広がっていた感じだったかも知れないなあ、と考えて近頃正体のよくわからなくなっている銀座という街の、ここは「夜のエアポケット」(by・クレイジーケンバンド)だとおもった。

ピカピカすぎず小粋すぎない灰皿・お箸置き・うつわ」、コーディネートがどれをとっても絶妙で、吉兆・湯木貞一氏の監修した「日本料理」の写真集の古臭くて感じのいいフィルム・むかしの「暮らしの手帳」の質感が、白木テーブルのサラっとした手触りの上にそのまま表現されている。でもちょっとした向付けのうつわがなにげなく川喜多半泥子のものだったりする。蛍光灯嫌いの夫も珍しく、我を忘れたかのように黙り込んでいる。この感触は西九条の「白雪温酒場」以来のことで、この二つに共通するのは欲張らずシンプルに歴史を重ねてきた場所だけが持つ「滋味」だった。だがその二つは同軸に置けば両極に位置するLとRかもしれなくて、それは何かといえば銀座と西九条という場所の違いということになるかもしれない。 
お酒は樽で灘から取り寄せた菊正宗のみ。これも吉田健一が通った時代の流儀とおなじである 。
名物の岡田椀・しんじょあげ・生麩田楽がくる。吉田健一風にいえば「なんてことのない、まっとうな料理」で、これに杉の香りがする樽の菊正宗をぬる燗でやっていたら、もうこれ以上は何もいらないという気持ちになった。 

私たち一組だけになったので、お給仕の女性にの歴史をうかがった。つい最近二代目がご夫婦で体調を崩されたので、寡黙だけどはにかむ笑顔のすてきな若旦那(三代目)がその後ひとりで守っているそうだ。
一階のお座敷と二階を見せてもらう。
二階には「はち巻岡田のあんこう鍋を食べなければ冬が始まらない」といった山口瞳による直筆原稿が飾ってある。奥のお座敷は、若旦那がさいきん茶室に改造されたそうでこっそり見せてくださった。女性の気さくさは大したもので「若旦那といったら恋人も居なくて心配なんですよ、どうぞお友達になってあげてくださいね」という言葉のあけすけさに思わず苦笑い。


さて冒頭の「海坊主」は、「はち巻岡田」で飲んでいた吉田健一が見知らぬ男と意気投合して銀座のいろんな店をハシゴする。さいご男の案内で隅田川ほとりの料理屋に腰を落ち着けたところ、酔った大男が隅田川に入っていき中ほどで振り向いたその姿はなんと大亀であった、という杉浦日向子の漫画を思わせる江戸マジカルな短編フィクションである。

我々夫婦も現代の「はち巻岡田」にてお煎茶をいただき店を出た。


アップルにユニクロ、寄せては返す中国語の波。
しらじらしく現実世界の顔をした銀座をあるく。
あまりにも急にそちらに引き戻された反動で、出たばかりの店へ想いが還る。
「そう、いまごろ。」
若旦那はかわうその顔、女性の方はきつねの顔をして元の姿に戻って「やれやれ」とくつろいでいるかもしれない。
そんな妄想にとり憑かれ、前をあるく夫の肩を叩いた。



「ねえねえ、もういちどあの店にもう戻ってみようか?」



振り向いた夫の顔をみてぎょっとした。夫の耳辺りにオレンジ色の線が走っている。
ミシシッピ・ アカミミガメの顔だった。














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