2015年6月23日火曜日

台北のY字路①(同安街)



さいきん台北の日式老房子(和風古民家)の取材をしているうちに、いろいろ気づいたことがある。
そのひとつが、台北には「Y字路」(三叉路、もしくはそれ以上の交差点)がおおいこと。
どうやら日本統治時代以前→日本統治時代→戦後の中華民国政府とおおきく変遷した政府の都市計画に関わっているみたいだ。

横尾忠則の「Y字路シリーズ」を例に出すまでもなく、Y字路ってやけに人を惹きつけるところがある。右奥に、あるいは左奥になにかが潜んでいる。
何も考えずに歩いていたら、突然Y字路が顔をヌッとだして迫る。

「右にいくのか、左にいくのか。」

その選択が人生にちいさく、もしくは劇的にもたらすかもしれない変化を想像して、少しばかりおびえているワタシを後目に、Y字路は何食わぬ顔をしてそこにいる。


さて、このY字路は同安街淡水河(新店渓)へ向って歩いたところで出現した。
後ほどFBで写真をアップしたところ、最近取材で知り合った水瓶子氏(作家・街歩きの達人)の指摘によりこの右側の道がかつて川だったことを知った。

「台北古地圖(1930年/昭和5年版)」で調べて見た。
現在のこの場所(牯嶺街95巷と同安街28巷の交わる部分)あたりに川が走っているな、たしかに。ちなみに現在の汀州路には戦前、新店と萬華をむすぶ萬新鉄道が走っている。



現在の地図と古地図を重ねあわせてみる。

      

みごとに牯嶺街95巷と川の流れが重なった。
むかしここは赤川とよばれ、沢山の蛍がとぶ澄んだ川だったという。今も「蛍橋」という名前が学校名として付近に残っていることから、その美しさが伺える。

Y字路の真ん中で灯りを点している和風古民家は「野草居食屋」という和風料理屋で、昔は陳玉麟という台湾大学の有名な教授の住まいだった。
陳教授の前に住んで居たのは、台湾大学の前身である台北帝国大学の助教授として赴任してきた石井稔助教授。農薬研究のために畑になっていた家の裏は、いまは私立の恕高校になっている。










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