2015年7月1日水曜日

台北のY字路⑤(同安街)



このY字路をくだり線路があった場所(現在の汀州路)を越えると、川端町とよばれた淡水河新店渓にたどり着く。戦前は、週末になればそこで川遊びを楽しむ人でにぎわったらしい。
川端町の渓畔にあった「紀州庵」は、紀州(和歌山県)出身の平松一家が西門にて経営していた料亭「平松家」の支店だった。戦後は民国政府に接収されて、国民党軍人家庭が暮らした。台湾の文豪・王文興もここで育ったひとりで、代表作である「家變」は、ここ同安街付近を舞台に描かれている。
本館・別館・離れと三棟あったうち、本館・別館が火災で焼失し、残った離れは最近修復されて「文学の森~紀州庵」の本館としてオープンしている。

左側の道路が古い「同安街」、右側の現在の「同安街」は戦後しばらくしてから造られた。
ここのY字路でも、やっぱり現在と過去は交錯する。



             日本統治時代の紀州庵と川端であそぶ人々


2 件のコメント:

  1. ひかりさん、情報ありがとうございました。祖母の所縁の地であり母の生誕地である川端に行って来ました。もう80年前なので街の雰囲気も今とは違うのでしょうが、祖母の当時の生活を想像しました。ちなみに母は2歳までここにいたようですが、覚えていないようです。

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    1. コメント有難うございました。気にかけておくと、思いがけないところから知りたかったことが舞い込んだりします。今後とも台湾の前世今世にご興味を持っていただけると嬉しくおもいます

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