2015年8月24日月曜日

湾生の画家・立石鐡臣と七夕


今年の旧暦七夕は8月20日。

現在はバレンタインデーに並ぶカップルイベント的お節句「情人節」になっているけれど、元々台湾では福建の風習から来た「七娘媽生」または「乞巧節」と言って、色々なお願い事をしたり、お裁縫が上手になるようにお祈りしたりする日だったらしい。
例えばおしろいを撒いて自分の顔に当たったら美人になるとか。

七娘媽は日本でいう織姫のことで、機織りやお裁縫などの家事がすごく上手だったのが彦星(牽牛星)と出会ってからは色ボケしてしまって何もしなくなったから玉皇大帝の怒りをかって別れさせられ、七夕の日だけ会えるということで、この辺は日本と一緒ですね。

面白いのは七夕の雨に対する言い伝えが各国で違うらしいことだ。

日本→雨が降ったら会えない
台湾→別れを惜しむ涙のため夜ふけに雨が降る
韓国→出会えた嬉しさで号泣するので、必ず土砂降りになる



冒頭にアップした絵を描いた「立石鐡臣」は「湾生(わんせい)」、つまり日本統治時代の台湾で生まれた画家である。
昔ながらの台湾習俗に関する「台湾民俗図絵」を沢山遺したことで、台湾では知られている。
この習俗、多分いまの台湾人だって良くは知らないことが沢山含まれていそうという意味でも貴重だ(この七夕の御節句のことだって知らない人は多いと思う)。


ところで、今年の5月に銀座の泰明画廊にて「立石鐡臣」のはじめての回顧展が開催されたらしい。

そのページで絵をみていると、「何で今までこの人のことを知らなかったのだろう」っていうほど、素晴らしい。
日本では今まで全く知られて来なかった画家なのだから、無理もないのだけれど。

師匠である梅原龍三郎やゴッホに強く影響されたような油絵を描いた時代を経て、梅原のすすめで台湾に渡り、民藝的な庶民の習俗を記録する「台湾民俗図絵」に参加して、数々の木版画を残したが終戦。
引き揚げ後も、意欲的にシュールレアリズム的作品を描いたほか、戦前に描いた「台湾民俗図絵」を元にした漫画的な作品などを発表(これめっちゃ見たいですが)。
日本の戦後のボタニカルアート(植物・昆虫図鑑)の発展にも寄与している。

民藝の絵はもちろん昆虫の絵も好きだけれど、70年代の作品もすてきだ。
あの須之内徹氏の、

立石さんの忘我の時間が伝わってくる。そしてじっと見ていると、黄金中の一匹一匹、蛾の一匹一匹ひとつの宇宙になる。その感じの不思議さを、私は体験としか言えない

という評を読んで、わたしが言いたい全ての謂うべき言葉を腹から全部もぎ取って行かれたと思った。
  いま楽しみなのは、台湾の女性ドキュメンタリー映画監督・郭亮吟さんがつくった「湾生画家・立石鐡臣」。
郭さんは2006年の「緑的海平線」という、太平洋戦争中の戦闘機製作に携わった台湾の少年たちに取材した作品で台北映画賞ほか数々の賞を獲得した。

立石鐡臣の再評価は、いま始まったばかりだ。






泰明画廊/立石鐡臣展
http://www.taimei-g.com/artist/tateishi/tateishi.htm








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