2016年3月9日水曜日

【邦画】岸辺の旅~黄泉の川べりをさまよう旅


特別おもしろかったり怖かったりした訳ではないのに、どこか不思議でしばらく頭の隅っこに残っている夢というのがある。
もしくは、何だか奇妙でどうも忘れられない伝説や神話。
不死になったすえに蝉に変えられた男とか、白鳥を抱き留めたら妊娠したとかそういう類の。。。
「岸辺の旅」(2015年/黒沢清・監督)はそんな映画だった。観たときは大して深く何かを思った訳ではなかったのだけど、あとから引きずっている。何でだろうと考えてみた。


瑞希(深津絵里)が夜に何故か白玉作ってたら幽霊の夫(浅野忠信)が現れたりとか(現れ方がすごい。幽霊にしか見えない!と思ってたら本当に幽霊だし)、夫の愛人だった蒼井優演じる朋子の笑顔とか(この蒼井優も強烈で、ご本人は存じ上げないけれど頭のいい人特有の意地の悪さがにじみ出ていて上手い)
ちょっとヘンテコリンなディテールが積み重なって映画は進んでいく。

現実から霊の世界に近づいたときに、舞台劇のように照明が効果を与える演出が取り入れられていて、そこには何かしらのルールがありそうなのだけれど、よくわからない。
死んで幽霊になってしまった忠信さん演じる優介を、見えてる人と見えていない人との基準がどういう風に設けられているのか、それもよくわからない。
映っているのは幽霊なのか、生きている人間なのか。
その世界は、瑞希の見ている夢なのか現実なのか。

境界を凡て曖昧にぼやかしたことで、神話や夢のような不条理さを映画に取り入れることに成功している。それが、この不思議な鑑賞後の感じに繋がっているのかもしれない。

欲を言えば、深っちゃんには潔くタップリ脱いでほしかったところですが。
夢で見る性行為って変にリアルだったりとかするでしょう、そんな感じで。。。

タイトルの「岸辺」は、三途の川のこちら側という意味だろうか。
想いをどれだけこちら側に残しても、誰もがいつかは渡らなければいけない川。
いつ渡るのか、いつ渡ったのか。
それは、渡った後にしかわからない。
そして渡る人を見送ることも、やっぱり簡単なことではないのだ。







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