2016年8月24日水曜日

【台湾映画】樓下的房客~鍵のありか



テレビゲームが苦手だ。

昔「ドラゴンクエスト」を初めてやった時も、最初の島から出る「鍵」が探せず島から出られないのでイヤになってすぐやめてしまった。それいらい、先日「ポケモンGO!」をダウンロードするまで、数十年ゲームというものをひと触りもせずに来た(結局ポケモンGO!も3日で飽きてやめてしまったけど)。

非日常へのドアをあける「鍵」がないと冒険はできない。
鍵は元からあるものではないから、どうにかして手に入れるしかない。

それをわざわざテレビという非現実の中で、しかも、基本的に同じゲームで遊ぶ人には予め設定されている鍵しか与えられないわけで、なにを好きこのんでそんな面倒なコトに労力を、などと、どうしてもおもってしまう、要は面倒くさがりなんですね。
(単なる個人的な趣味の問題で、ゲーム批判ではないです念のため)

とまあ、何が言いたいかというと「鍵」のことなんです。
で、先週観たこの映画「樓下的房客」はそんな非日常への冒険、しかも
ぐっーちょぐちょ
べっーちょべちょ
グーーログロ
なドアの「鍵」を手に入れてしまった男の、とてつもなく悲しい物語だったのでした。


東海大学の別荘区にある古いアパートメントの鍵を人から預かった男は、6つある空き部屋を貸し出す。住人の条件は「安定したサラリーマン」や「堅実質素なファミリー」「優等生的な学生」ではないこと。男は各部屋に隠しカメラを設置し、集まってきたヘンテコ住人たちの生活をモニターで観察するのを日々の仕事としている。

一部屋は、修行を積めば超能力を身につけられると本気で信じているダメ大学生

一部屋は、どういう事情がわからないが、父ひとり小学生の娘ひとりの父娘

一部屋は、外に妻子をもつ年配の男と若いイケメン男子というゲイ・カップル

一部屋は、OLをしながらパトロンや情人を夜ごとに取っ替え引っ替えする美女

一部屋は、元・ドメスティックバイオレンスの前科もちな脳みそ筋肉体育教師で、階下の美女住人の性生活を盗み聞きするのが趣味の男、にそれぞれ貸しだした。

そして、大家の男の階下の部屋に住むのは、いつも白いワンピースを着て、働く様子もなく多くの赤いスーツケースと共に暮らしている、若くて清楚だが謎めいた女性、である。


ある日、大家の男は階下の女性が、部屋に招き入れた男を徹底的に残忍な方法でなぶり殺すのを目撃してしまう。どうやら、女性は定期的に趣味としてそれを行っているらしい。
翌朝、ベランダでコーヒーを飲んで海を観ている女性と出会い、男は怯えながらも話しかけると、女性はこう応える。
「みんな日常のルーティーンの退屈な中で生きてる、それってあまりにも可哀想じゃない?わたしは、その手伝いをしているだけ。あなただって、みんなを非日常の扉の外へと導く鍵を持っている」
その言葉を聞いた男は、しぼりだすように「負けるもんか」と口にし、じぶんの持っている部屋の鍵を使って、これまでタダの「傍観者」として観察していた住人たちの生活の、「非日常」の扉をひらく決心をする。
「ただの傍観者」から「それぞれの人間というコマを動かす」、いわば「神」の立場に立った男。
その積極的な働きかけによって、住人たちの生活は徐々に脱線、崩壊していく。しかしその裏には男が過去に負った悲劇があることが、段々と明らかになるのだった。


これを観た時に思い出したのは、阪神大震災が起こった年に発生した連続殺人事件を下敷きにした、ノンフィクション小説「愛犬家連続殺人事件」だ。
「ボディーを透明にする」という衝撃的なセリフでトラウマとなったこの本は、後に園子温監督によって「冷たい熱帯魚」という名前で映画化された。
そして韓国の「オールド・ボーイ」に不朽の名作「羊達の沈黙」。
それらのテイストをうまくひとつの舞台劇のように仕上げているのがこの作品「樓下的房客」といえる。

また、台湾の部屋貸しは日本よりもずっとユルく、多くの大家は税金や無駄な仲介料を払いたくないので、直接店子を探して部屋に住まわせる(役所に届け出なし)というスタイルを取っている。だから殺人事件があった家やアパート(『凶宅』と呼ばれる)なんかも割に表に出ないようで、どこに「凶宅」があるかは常に台湾ネット民の大きな興味対象となっており、この映画のような変な大家と変な住人が繰り広げるおかしな世界というのも、何となく妙なリアリティーがある。実際、筆者がいま住んでいる家に越してきた時も、凶宅とはいえないまでも、前に住んでた人ちょっとやばかったのでは?という痕跡が残されていた。


コンサバな台湾の観客に合わせたこともあったのか、これまでこういう「ブラックユーモア+セックス+スプラッター+サイコサスペンス」みたいな映画は台湾で観たことがないので、まず「よく撮ったなあ」というのが見終わった時の感想だ。
(次の感想は『今日はもうお肉たべられない』)
しかも、この夏の話題作として、現在も大ヒット上映中である。原作は、最近日本のエージェントとも契約を交わし、これから日本でも活躍が期待される、ヒットメーカーのネット小説作家·九把刀(「あの頃君を追いかけた」「等一個人咖啡」)で、青春モノ以外にもこんなの書いちゃうんだ、と幅の広さを感じさせた(ちなみに原作と映画版はまたちょっと違うらしく、ネットでは原作ファンによる映画批評も盛り上がっている)
そして、去年の「青田街一號」がこの路線のハシリだったのは間違いなくて、何となく「ついに台湾映画でもこういう路線が出来るようになったのかあ」と(ちょっとエラそうですが)感慨ぶかいものがあった。
そういう意味で、この映画はこれからの台湾映画のひとつの「鍵」であるのは間違いないように思う。


鍵といえばこの映画を観た週に、台湾でブラウンカフェやKAVALANウイスキーを経営している「金車グループ」の李社長にインタビューする機会があったのだけど、李社長もじぶんのポリシーとして
「人間の脳味噌なんて作りはそんなに変わらない、要はバランスよく能力の『鍵』を開けられるかなんだ」みたいな話をしていて、やけに「鍵」がキーワードとなった週だった。


さて、これをお読みの皆様、鍵はもう手に入れましたか?


最後にひとつだけ、これから見る予定の方はとりあえず、ご飯たべる約束とかある前に観るのはおすすめしないです。




樓下的房客/監督:崔震東/原作:九把刀
2016/台湾














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