2016年10月30日日曜日

【本】蛇のみちは/団鬼六自伝 ~鬼のみちは鬼



最近お会いした方が団鬼六の「緊縛の会」に行ったことがある、ときいて久々に急に読みたくなり本棚をまさぐった。
よかった、持ってきてた。
幻冬舎アウトロー文庫から出ていた鬼六さんの自伝「蛇のみちは」。ページをめくり始めたら止まらなくなった。20年ちかく前に読んだきりで内容もうろ覚えだったし、20歳そこそこの小娘が読むのと40歳の大娘が読むのでは人生のボリュームへの実感がちがう。お腹を抱えて笑い転げたり、侘びしさに胃のあたりがキュウと潰れそうになったりしながら、読み耽った。

なんたって、出だしからしてすごい。
就職活動中に小豆相場に手を出して失敗し家出した主人公(鬼六さん本人)は、大阪は新世界の将棋クラブで真剣師(賭け将棋で生業をたてるセミプロ)たち相手に賭け将棋をしながらウロウロしていた。大晦日に打ち負かした相手の男は金を持っていなかったが、男に誘われて釜ヶ崎のアパートに招き入れられる。勝負で負けた金は払えないかわりに「わいの女房とお○こやらしたる」と迫られる鬼六さん。断ると男は「ならせめて」と夫婦の愛撫の実演をはじめる。
「なんぞお好みの体位がございまっか」
という男のせりふと同時に、新年を告げる除夜の鐘がいっせいに鳴りはじめる。
「人生の泥沼の断面を見つめながら耳にしたあの何か物悲しい除夜の鐘の音は、終生忘れられない気がする。」

どうだ、すごいでしょう。

それ以降、文筆家として、ピンク映画やSM界の巨匠として成功していく道のりが描かれ、その間のヌルヌル・ドロドロ・ぐちゃぐちゃの泥沼ぷりが幾度となく披露される。しかし、かぴかぴと乾いた明るさはどこかに常にあり、それが妙にもの哀しくて、気持ちの行き場がなくなった末に笑いとなってこみあげてくる。

黒澤明の名作の殆どをプロデュースした、本木荘二郎と出あう話が衝撃的だった。
あの「羅生門」や「野良犬」「七人の侍」の大プロデューサーでありながら、金の使い込みで東宝をおわれ、ピンク映画の監督をしながら、最後はひとり寂しく死んでいるのを発見されて、共同墓地に葬られ、その墓石には本木荘二郎の荘の名さえ残っていないという。
たくさんの人生の無情が、愛惜を込めて記される。その切なさに、のたうちまわりたいような気分になる。

借金取りに追われて流れ着いた三浦半島で中学教師をしていた時代に通っていた安酒場の話も好きなエピソードだ。
漁師町なので客はみな漁師で、「マグロ社長におビール二本」「イワシさんにお銚子一本追加」「あそこのコンブにわかめ酒」
とか、それぞれ獲っている魚の名前で客が呼ばれたうえ、そこにヒエラルキーもあるという話で、リアル「青べか物語」みたい。酒場のホステスはみな、遠洋漁業に出る漁師たちの情婦である。船が航海に出る日には、正妻や子どもと同じ場所で見送りの出来ない酒場の女達を乗せた見送りのバスが仕立てられ、みな思い思いに着飾ってバスに乗り込むのだが、バスの行き先は、すでに陸から遠く離れた船がみえる岬で、そこから船の上の男たちは大きな棒にくくりつけた布をふり、岸では女達が号泣しながらハンカチを振り返す。
その豪快な別れのシーンに感動し、鬼六さんは別れた東京の女を思ってクヨクヨするじぶんを情けなく思うのである。

多いに格好つけたりハッタリかましつつ、情けないじぶんも容赦なくさらけ出して、ドッカリとまな板のうえに横たわる鬼六さん自身。それを、冷徹な観察眼を持ったもう一人の鬼六さんが天才的な切れ味をもった包丁で料理していく。もうこれは女体盛りならぬ「鬼六盛り」である。しかも懐石料理と言ってもいいぐらい、繊細で優しくて、意外性があり、奥のふかい滋味がある「アウトロー懐石」だ。

鬼六さんのエッセイを初めて読んだのは、漫画評論・原作でご活躍の大西祥平さんが薦めてくれた「牛丼屋にて」というエッセイ集だった。「吉野家」は実は朝から肴つまみつつ酒のむのに最適って話だったとおもう(今手元にない)。その味わい深さの衝撃は、大西祥平さん原作のマンガ「警視正大門寺さくら子」にて、美女警視正のさくら子が朝から吉野家で労働者に囲まれて牛丼をかっこみ周囲の驚きを買うシーンとして昇華された。女子の「おひとりさま」ブームなんてまだまだ先の話だった頃。
わたしも憧れて、いったよ吉野家、注文したよ熱燗。1回だけだけど。
今では、0.1秒たりとも躊躇することなく、これらの事をこなすことが出来る。しかし残念ながら、東京には空がない、ではなく、台湾の吉野家には酒がない。

一般的には「SMのひと」って認識をされてる鬼六さんだが、そのはみ出し方は、鬼六さんより遅れること二年でお亡くなりになった邱永漢さんにも通じるところがある。邱永漢さんも「お金儲けのひと」という認識には収まりきらない天分を持った人だった。

それを考えると、昨今日本で話題になる人って芸能人でも政治家でも、スケールちっちゃいですよねえ。舛添とか。邱さんや鬼六さんと比べたら、ちっちゃさに涙がちょちょぎれそうなぐらい。自己規制やら何やらで細分化されどんどんスケールダウンが進んでいる今の日本では、例えばドゥテルテ大統領みたいなジャンル分け出来ない人が来ると途端に大騒ぎになってしまうのは仕方のないコトなのかもしれない。。

鬼六さんが亡くなった年に、自伝エッセイをまとめたものが出版されていたのを発見した。「死んでたまるか」というタイトルで、表紙はおそらく若かりし頃の鬼六さん。
うっとりするような、イイ男である。
わたしの観たことある鬼六さん(写真だが)は、長めの七三の白髪に紺色の着流しみたいなのが定番スタイルだが、常々その白くて豊かな眉毛と七三の髪の毛がまるで取ってつけた「かつら」みたいだなと思っていた。なんか違和感あるっていうか、ドラマとかで若い俳優が老け役やってるみたい。それぐらい元のお顔や目が若々しい印象だったのだけど、この「死んでたまるか」の写真をみて、つくづく恐らく殆ど元は変わってないのだろうと思った。晩年まで、とっても若々しい精神をお持ちだったのだろう。

「死んでたまるか」で阿川佐和子さんが、推薦文をよせている。
こんなに品よく優しくユーモアを描けるいいオトコになら、縄で縛り上げられても文句は言いません。」

あらまあ。
あたしも、おんなじ気持ちです。


「蛇のみちは―団鬼六自伝」
(幻冬舎アウトロー文庫)  1997/6
団 鬼六 (著)












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