2016年10月10日月曜日

【台湾映画】LE MOULIN  日曜日式散歩者~茄子の色に光る涙は。


台湾の茄子は長い。すんごく、長い。
「一富士、二鷹、三なすび」というように、日本人にとってたいそう馴染みの深い野菜「なすび」。だから台湾の茄子を見たときはびっくりしたものだ。
同じ「茄子」だし、と日本と同じように料理しようとしても、うまくいかない。
茄子の原産地はインド東部らしく、ビルマを経由して中国に渡り、日本に来てから1000年が経つという。京都あたりじゃ、お盆の頃に茄子に楊枝を刺して牛に見たてたりするが、台湾でやれば「龍」になる。しかし形はちがえども、台湾も日本も同じく深い紫色をしている。
茄子の紫色といえば、日本を代表する詩人のひとりである西脇順三郎は、茄子の色についてこんな詩を残している。

ー茄子の色に永遠の 悲しい人間の涙の 歴史が光つているのだ。
(失われたときⅢ)


2016年の台湾国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀作品賞、台北電影節では最優秀脚本賞や音響賞を獲得し、2016年の台湾映画界で話題となった作品が、「Le Moulin 日曜日式散歩者」だ。
(2017/1/4追記:2016年の金馬奨では更にドキュメンタリー賞を受賞した)

題材は、1930年代の台南で活動した詩の同人団体「風車詩社」について、その中心人物となった水蔭萍(本名:楊熾昌 1908~1994)、慶応大に留学し「三田文学」にも作品を残したが早逝した林修二(林永修 1914~1944)、そして白色テロにおいて銃殺された李張瑞(1911~1952)ら、シュルレアリズム・モダニズム・ダダイズムの影響を受けた日本時代の詩人たちの作品や人生をもとに、その社会背景や文化的背景のイメージをコラージュして作り上げた、160分にもおよぶ映像叙事詩である。

映画はまず、かの「ムーラン・ルージュ」の風車の風景からはじまり、モボ・モガが闊歩する日本・東京の銀座へとうつる。欧米で花開いたモダニズム文化の花は、遠く東洋の都市にも大きな影響を与えた。


いっとき愛聴していた戦前のSKD(AKBじゃないよ、松竹歌劇団)の音楽集CDをおもいだす。松竹歌劇団は宝塚歌劇団のライバルで、戦前は水の江瀧子、江戸川蘭子、春日野八重子などのスターを輩出した。淡谷のり子の「ジャズ東京」も確か、はいっていた。一曲に、彌生ひばりの「ネスパ・セ・ル・プランタン」というのがあった。うろ覚えだが、こんな歌詞だ。

♪ ペイブメントにウインクが
♪ くるっくるっはね返るとき
♪ すれ違ったフラッパーの肩から
♪ 小指をあげてヤッホー

現代人がフラッパーとかペイブメントとか急に言われても何のことやらわからないが、この頃の都会の最先端の若者は「フォーチュンクッキー」ぐらいの手軽さで「ネスパ・セ」とかの言い回しをしていたんだとおもう。


映画「日曜日式散歩者」のなかで朗読される風車詩社による日本語作品も、同じような空気感をもっている。詩のなかに多用されるフランス語やペダンチックで気取った言い回しなど、今みると「ナンヤネンくどいわ」と思ったりもするのだが、冷静に考えてみれば、欧米から日本(の一部)に届いたモダニズムという風が、当時日本の植民地であった台湾の地方都市である台南まで届いていた、という一種の歴史的証明となっているのは面白い。
だって同時代的に、モダニズムは銀座や大阪には届いていたけれど、東北やら九州の地方の街になんて届いてなかったと思いますよ、あんまり。

台南は重層的な文化の雰囲気が日本の「京都」に似ているとよくいわれる。例えば直木賞作家で「株の神様」だった邱永漢も実家は台南の大きな商家だったし、日本で料理研究家として活躍した辛 永清も台南の名家の出身だった。同じように台南で近代の洗礼を受けた風車詩社のメンバーたちが発表したのも、シュルレアリズムやダダイズムの影響色濃い、世界で最先端の文学だった。
しかし最先端すぎて台南の地元ではあまり理解されないまま、風車詩社は解散。メンバーはそれぞれ「台湾日日新報」などの新聞記者として歩みつつ、台湾を主体とする文芸・美術運動に参加しながら、太平洋戦争・終戦を経て、国民党による白色恐怖政治のなかに投げ出されていく。

ところで、いちばん印象的だったのは、場面が切り替わるところに挿入される「食物」のイメージ映像である。西瓜などの果物や魯肉飯などの家庭料理が、繰り返し定期的にコラージュされるのだが、どれもが非常に「台湾的」な食べ物だ。
日本の植民地時代に生まれ、日本で教育を受け、日本人として日本語で自己表現をしていた風車詩社のメンバーたちが、英語のことわざにある
"You are what to eat."
(人如其食~あなたが食べたものが、あなたをつくる)
という言葉のごとく、台湾の文化と風土で育まれた食物をたべて血肉にしていくと共に、段々と「台湾人」という意識を芽生えさせていくことのメタファーかな、そんな風に考えた。
ホウ・シャウシェンも「悲情城市」の中で度々食事のシーンを登場させる。これは「哀しい運命をすべて呑み込み、とにかく生きていく」という台湾人の態度を暗示していると思うが、台湾映画のなかにこうした食事を比喩的表現として用いることが多いのは、食事を大事にする台湾らしくて面白いとおもう。
風車詩社の作品には、西脇順三郎の影響が大きいという指摘がある。
そこで、冒頭にあげた西脇の詩の一節を借りてみる。

「細長い茄子の色に 永遠の 悲しい台湾の 涙の歴史が光っているのだ。」



「LE MOULIN ~日曜日式散歩者」
監督:黃亞歷/2016/台湾




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