2016年10月23日日曜日

【オーストリア映画】愛是一隻貓 Tomcat~ 愛とは一匹の猫であり、ひとつの森である。




言葉を眺めることに疲れてくると私は猫をさがしにたちあがる。猫ほど見惚れさせるものはないと思う。猫は精妙をきわめたエゴイストで、人の生活と感情の核心へしのびこんでのうのうと昼寝するが、ときたまうっすらとあける眼はぜったいに妥協していないことを語っている。媚びながらけっして忠誠を誓わず服従しながら独立している。気ままに人の愛情をほしいだけ盗み、味わいおわるとプイとそっぽ向いてふりかえりもしない。爪のさきまで野生である。これだけ飼いならされながらこれだけ野獣でありつつけている動物はちょっと類がない。

(開高健「猫と小説家と人間」)


あらゆる動植物について名描写を残した作家の開高健が、「猫」について書いたエッセイの一節である。開高はこのあと、「猫を観ていたら女を見る必要がいらない」とつづけ、一匹の猫のしぐさを精細に描いてその三人称を「夏子」とか「ナオミ」にすれば、そのまま女のことを書いた文として通用するだろうと言うが、最後は
「けれど、たとえば『夏子は眠りからさめると優雅に傲ったそぶりでアクビを一つしてからお尻をくまなく舐め、化粧くずれをなおしはじめた』などというのではいけないから、別種の注意を払うこととする。」
というこの上なく開高健らしい、アホくさくも魅力に富んだ一文で締められる。

古今東西、数多くある猫について書かれたもののなかで最もすきな文章のひとつだが、ねこ好きの方ならこれらの描写に思わず「うんうん」と肯いてしまうだろうし、猫好きでなくとも、猫の魅力がいくらかはつたわるのではないだろうか。
近ごろ流行っている言い方で、猫下僕という言葉がある。猫に振り回されながらも猫を溺愛せずには居られないほど猫が好きなひとを指し、台湾では猫奴(猫の奴隷の意ですね)とも呼ぶ。台湾人は猫好きが多く、Facebookでも猫系のページは多くのフォロワーをもっているし、蔡英文大統領も相当な猫奴で有名だ。

先日、試写に呼んでいただいたオーストリア映画の「愛是一隻貓~Tomcat」(愛とはいっぴきの猫である)というタイトルは、そんな猫下僕/猫奴の共感を一瞬でひきだし、観たくてたまらない気持ちにさせる。ポスターのなかで撫でられている猫ちゃんの人たらしな表情が猫奴たちをとろかすのだ。
2016年ベルリン国際映画祭で、LGBT映画最高の栄誉といわれるテディ賞を受賞した「愛是一隻貓~Tomcat」、しかしDMの上に「猫奴請小心服用」という言葉があるように、猫奴のみなさまにオススメするには、いささか気がとがめる。なぜならこの映画は、恋人同士が愛を失うかわりに猫を失う物語だからである。


アンドレとステファンは、オーストリアはウィーンに暮らすゲイカップルである。
同じクラシック・オーケストラの一員として働く二人は、ちいさな森のなかの古く美しい民家に暮らし、公私をともにしている。同じく芸術を愛するオーケストラの仲間達を家に招いてはパーティをひらき、美味しい手料理をふるまう。ジャズ・ミュージックに身体を委ねながら愛しあう。家では裸同然で、動物が寄り添うように暮らす二人のそばにはいつも、愛猫のモーゼがいる。映画の前半では、二人の生々しい愛の生活とモーゼが遊んだり寝転がったり水を飲んだり食べたりする猫の日常が交互にうつしだされる。あたかも、モーゼが二人の愛を咀嚼しながら生きているようだ。

美しい人生を貪欲に享受しつづける2人+1匹の生活は永遠につづくかのように思えたが、ある日ステファンを襲った暴力的な衝動が猫のモーゼを死に至らしめ、状況は一変する。
突然じぶんがしてしまったことが理解できずパニックに陥るステファン。この日を境に、ステファンに対するアンドレの心は冷えきってしまう。それまで家では気ままな裸族だった二人が、以降は下着を身につけきちんと服を着ているのは、ふたりの心の距離の比喩である。猫と同時に、アンドレの心をも失いつつあることを感じ恐怖するステファン。何とかアンドレの気持ちを取り戻したいともがくが、その代償のごとく片目を失い、またアンドレも、ステファンを愛しながらも赦す事のできない状況にくるしむのだった。
やがて二人のもとに、再び小さな白い子猫がやってくる。
戸惑いながらも歩み寄ったふたりが、音楽に身を委ねてふたたびお互いの服を取るところで、エンディングとなる。



映画を観ていて、つい最近話題になっていた悲しいニュースを思い出さずにはおられなかった。
台大で長年フランス語やフランス文学を教えていた67歳の在台フランス人・畢安生(仏名:Jacques Picoux)教授が、投身自殺した事件だ。
台大でフランス語をとっていた学生はみな彼の授業を受けてきたようで、わたしの周囲の台大出身者も例外でなく、一様にショックを隠し切れない様子だった。品がよくチャーミングな微笑みをいつも浮かべていた教授と、授業のあとに決まっていっしょに煙草を吸った思い出を話してくれたひともいた。


畢安生教授はまた、映画を深く愛した人物でもあった。
台湾ニューシネマの製作にかかわり、侯孝賢(ホウ・シャウシェン)、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)、楊德昌(エドワード・ヤン)、王家衛(ウォン・カーウァイ)らと親交もふかく、彼らの作品をフランス語訳して海外へ積極的に紹介した。昨年も侯孝賢監督の「黒衣の刺客」がカンヌ映画祭で監督賞を受賞したが、元をたどればそうやって台湾映画がヨーロッパで評価されるようになった礎を築いたひとりと言っても、言い過ぎではないだろう。

畢安生教授の自殺の原因は、昨年、35年連れ添った恋人の曾敬超さんを癌でなくしたことにある。
当時、癌の末期にあった曾敬超さんは延命措置をしないように願っており、畢安生教授はそれをよく理解していたという。しかし、同性同士のため婚姻関係になく、内縁としても認められなかった畢安生教授は曾敬超さんの希望を叶えるするすべを持たなかったばかりか、最期に立ち会うことさえ不可能だった。曾敬超さん遺族の決定により延命措置は施されたという。
それだけではない。遺産相続の権利がない畢安生教授は35年もの長いあいだ曾敬超さんと暮らした住まいを、相続することも出来なかった。
それから一年、失意の底にあった畢安生教授は、台北市文山区にある自宅の10階のベランダから身を投げた。今から一週間前、10月16日のことである。

遺言には、曾敬超さんの骨と一緒に海に散骨してほしいとあった。




ウィキペディアで「同性結婚」を引いてみると「同性結婚は認めていないが、同性カップルの権利に対し、何らかの形で法的な保証をあたえている国」という項目のなかに、台湾も入っている。
台湾で、同性婚の法制化に向けてうごきが始まったのは陳水扁大統領のときだが、その後反対する世論が強まり、最近になってようやく「同性パートナー登録制度」が始まった(ちなみに李登輝元・大統領は同性婚反対派で、理由は敬虔なクリスチャンだからという)。県毎に制定された条例に相当するもので、あくまでも法律的な効力はなく、すでに登録カップル数は全県合わせて1000組を超えているようだが、登録することによる具体的なメリットについての記述はみつけられなかった。どうやら形だけの登録制度で、例えば今回の畢安生教授のケースのようなことが起こっても何かしらの効力を持つものではなさそうだった。
そんな訳で、台湾が本当に「何らかの形で法的な保証をあたえている国」に入るかどうかは、今のところは疑わしいと言わざるをえない。



映画に話をもどせば、この作品の作られたオーストリアでは、同性婚とまでは言えないまでも、夫婦に準じる権利を同性カップルに認める法律が2010年に施行されている。
映画のなかでも、「同性カップル」が特別視されない空気は常にあり、ヨーロッパにおける個人の自立に対する懐のふかさを感じることができた。
もっとも興味ぶかったのは、事あるごとに何かの小動物が死に、それが森に還っていくことだった。
最初のほうでは、死んだ蛇が恐らくモーゼによって家のなかに持ち込まれた。死骸はアンドレの手で森のなかに葬られた。死んだモーゼも森に埋められたし、ウサギの死体を見つけるシーンもあった。
何だかまるで、森が生け贄を要求しているみたいに思えてくる。それがもっとも顕著なのは、ステファンが果実を取る作業中に樹から落ちて怪我をし、片方の眼球をうしなう所である。少しずつ何かしらを犠牲にしながら、アンドレとステファンの愛の生活は保たれている。しかし森は奪うばかりではない。果物やきのこなど、季節がめぐるたびに自然の恵をあたえてくれる。
ひとは自分のなにかを差し出しながら、それと引き換えに、小さな森の姿をした「愛」を誰かと育むのかもしれない。
そしてまた森からの収穫物を血肉としながら、老いてゆく。



畢安生教授の件いらい、台湾ではふたたび同性婚についての議論が高まっている。10月20日のニュースでは、最高裁判官7名のうち6名が同性婚を支持し、人権と平等のもとに法改正をするべきと明言したのは、ここ最近の同性婚議論のなかでも大きな進展だった。
現在の大統領である蔡英文は以前から同性婚を支持する表明をしている。
昨日は原発全廃の方針を発表した蔡政権だが、同性婚にかんする法改正の早期実現にも、あらためて期待したいところだ。
愛は、ただでさえ苦しみを伴う。どんなに愛し合っていてもいつかは離別がくる。ならばせめて、どんなセクシャリティーであろうとも、二人の愛情が少しでも多くの人から祝福され、安心して年を取っていける社会に、一刻もはやくなってほしいとおもう。




畢安生教授と曾敬超さんのご冥福を、心よりお祈り申しあげます。




「愛是一隻貓 Tomcat」
監督:漢德克勞斯 ハンダ・クラウス  Händl Klaus
オーストラリア Austria / 2016







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