2017年3月5日日曜日

【台湾映画】德布西森林/Forest Dobussy~グエイ・ルンメイの太もも


京都の鞍馬の火祭に何度かいった。いちど、かえりの終電をのがし歩いて山を降りたことがある。
夜の京都の森は深くて暗くおそろしい。CMYKカラーでいえば「K100パーセント」あるいは「リッチブラック」というのかもしれないが、実際の夜の森の黒さは、それよりもっと深い。あんな暗さを後にも先にも見たことがない。鹿か、猿か、イノシシか。はたまた熊か。黒よりも黒い闇の中にときおり蠢く獣の気配がする。この暗さの中に昔のひとは、「鞍馬天狗」という妖怪が闇を飛び交う幻想をみた。


台湾の山で夜を過ごしたことはないけれど、きっともっと怖ろしいだろうとおもう。
長く住み慣れた日本の自然とは、全くちがう亜熱帯の植生の山々。毒虫や毒蛇。つやつやと緑色にひかる大きなクワズイモの葉っぱだって、毒がある。タロイモと間違って食べたら大変なことになる。
やっぱり森は怖い。
まずこの映画を見ながらそんなことを思った。
映画「德布西森林/Forest Dobussy」は、自暴自棄になったとある女性が恐ろしい台湾の森の夜をサバイバルするうちに、生き直す決心をする話だ。

虚脱状態の娘(グエイ・ルンメイ/桂綸鎂 )を世話しながら、母親(陸弈靜)は台湾の森深くを彷徨っている。人の気配におびえているらしいふたりは、何らかの事情を抱えて森を逃げまわっているらしい。

母親は森についてある程度の知識があるようで食べられる草や毒草にも詳しいが、母親がつかう火打ち石が、なかなか火が点かない場面が何度も出てくるのは印象的だ。
「火を使う」という人類のみに与えられた文明を失うにつれて、ふたりの言葉を介したコミュニケーションもやがて支障をきたし、ついには生命がおびやかされる。
食料やガスが水びたしになったりテントを失ったりと、だんだんと文明から引き離されていくにつれ二人の肉体が傷めつけられていく様は、いかに私たちが普段の現代生活のなかで、衣服や家や光熱・水道などに安全と生命を守られているかを、まざまざと見せつけるようだ。

最後にひとつ残されたインスタントラーメンを食べるために水を汲みに行った母親は、毒蛇に噛まれる。娘は母親を救おうと母親を背負って休む場所を探すが、母親は娘の背で息絶える(ちなみに母親を演じた陸弈靜は、この役で2016年の助演女優賞にノミネートされたが、ここの演技が評価されたものと思われる、それぐらい凄みのある死人っぷりだった)。
映画がすすむにつれ、娘がもともと国際的に有名なピアニストで人の羨む幸せな家庭を築いていたが、夫の裏切りにあったことで家に放火、夫と子供が焼死させたことも明かされるのだった。

母親を土に埋め終えた娘は、自分もその傍で死ぬことを選び、木のつるを大きな木の枝にかけて自殺をはかるが死に切れない。自殺もまた人類のみが持つ文明的行動だ。ここでも、娘が徹底的に文明から見離されたことが描かれるのだ。
死に切れなかった夜、娘は月に照らされる台湾の深い森に息づく生命の美しさを発見する。そこで呼び覚まされるのは、かつての自分が愛したドビュッシーの旋律である。
夫殺し・子殺しを経て鬼畜道に堕ちていた娘のこころに、台湾の森のうつくしさを通じて人間らしさが蘇り、ついに娘は山を降りる(=自首する)ことを決意するという、こう書くと何だか人形浄瑠璃みたいな話である。

公開当時は一ヶ月も経たずに打ち切られてしまった作品でヤフーの観客の評価も星二つと評判はかなり芳しく無かったが、わたしとしてはそこまで悪い作品だと思わなかった。
ではこの作品の一番の見どころはなにかと問われれば、ちょっと声を大にして言いにくいのだが、それは「グエイ・ルンメイの太もも」である。
じぶんが虫に刺されやすい体質だからというのもあるが、この映画でいちばん気になるのはとにかくグエイ・ルンメイが殆ど蚊に刺されないということだ。とにかく蚊の多い台湾の森で何日も虫刺されの薬なしで過ごしていたら、顔といわず身体と言わずボコボコになってしまうはずだ。
しかし、グエイ・ルンメイの顔を蚊でボコボコにするわけにはいかないのである。何故なら彼女はグエイ・ルンメイで、これはグエイ・ルンメイが主役の映画だからだ。映画だとすれば、こちらも好きな見方というものが出来るはずで、その好きな見方とは「これはグエイ・ルンメイの太ももを観るための映画である」というものだ。
そこからもうひとつ踏み込んでみれば、グエイ・ルンメイはこの映画のなかで人ではないものに成ってしまっていた、だから蚊に刺されないという見方もできる。
雨でずぶ濡れになったグエイ・ルンメイが、身体を乾かすために川沿いの岩に身を横たえるのだが、ひんやりとした絹ごし豆腐を思わせるその白い太ももを見ていてゾクリとした。
それは夫も、子も、母親をも死に追いやってしまった、台湾の森奥深くにひそむ美しき魔女の太ももなのだ。

「德布西森林/Forest Dobussy」
監督:郭承衢/2016/台湾








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