2017年8月30日水曜日

【取材メモ】知の巨人・國分直一の思い出を聞く



台湾の考古学・民俗学の基礎をきずいた知の巨人・國分直一先生と親交の深かった、山口県立大の安渓遊地教授ご夫妻が台北にお見えになり、青田七六でお話を伺いました。
台湾高雄の小さな港町で少年時代を過ごし、京都大学卒業後に台湾にもどって研究者として活躍した國分直一。安渓先生が編まれた、國分直一自伝エッセイとインタビューをまとめた書籍「遠い空」は、日本時代の高雄の風景が國分先生の実直な言葉でのびやかにスケッチされていて、読みごたえがあります。


雑誌『民俗台湾』を立ち上げた金関丈夫や立石鐵臣らと共に、戦後もしばらく遺物の修復などのため留用され台湾に残り、その仕事は台湾でも高い評価をうけている國分先生ですが、立石鐵臣も、愛情あふれる人物スケッチを幾枚も残しており、その素直・つつやましやかで愛される人柄が透けてみえます。



留用期間が終わり日本に戻られてからは、各地の大学で教鞭をとったあと山口県下関市の梅光学院大学で教え、80歳代後半まで名物教授として学生を指導されました。ビフテキとハヤシライスが大好物だったそう。
じつは先日の帰省時に、今は空き家になっている山口市市内の國分先生のご自宅を観に行ったら、なんと、わたしが中高を過ごした家のすぐ近くでした。ひょっとすると、その頃、国分先生と道ですれ違っていたりしたことがあったかもしれないと思うと愉快です。


國分先生がお亡くなりになったあと、その膨大な蔵書はすべて安渓先生の手で、台湾大学図書館に寄贈され(そのほか金関丈夫の蔵書も)、現在は台湾大学図書館五階の特蔵組で見ることが出来ます。人の本棚というのは、まるでその人の頭の中をのぞき見しているみたいで、面白いというかちょっと後ろめたい感じがするのですが、台湾大学図書館で國分先生の脳みその一部を覗きみてると、会ったこともないのに、とても慕わしい気持ちになるのだから不思議で、それも國分先生のお人柄のなせる技なのかもしれません。


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