2017年10月29日日曜日

【Nippon.com】コラムで、西日本新聞社の中川博之台北支局長の追悼記事を執筆しました

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為一位愛台灣的日本朋友而我寫了一篇哀悼文,請多多指教。
まことに僭越ながら、先日お亡くなりになった西日本新聞社・中川博之台北支局長の追悼記事を執筆させていただきました。
もっと中川さんとの付き合いの長い、わたしより相応しい書き手の方がおられるのではと正直悩みましたが、執筆中は中川さんの遺された記事やエピソードに触れながら、知らなかった中川さんと改めて出会っていったような、貴重な時間でした。
機会をくださったNippon.comの野嶋剛さん、高橋郁文さん、そして取材や写真提供にご協力いただいた皆様に心より感謝いたします。有難うございました。
また、先に公開された繁体字版は多くの台湾の方が読んでくださったようで、「中川記者が亡くなったのは日本と台湾にとっての大きな損失」など、その死を惜しむ声をたくさん耳にしました。
中川さんが台湾へ抱いていた想いの一端でも、お伝えすることが出来るのならば、本当にうれしく思います。

2 件のコメント:

  1. はじめまして。
    私は旧日本兵の遺品をご遺族へ返還するボランティア活動をしています。
    自分は「捜索班」の1人で当時旧日本兵の情報収集をしていました。
    去年9月1日の西日本新聞「引き揚げた恩師どこに、台北の95歳が
    石垣先生を捜す、もう一度お礼を」をWeb記事で読みました。
    95歳というご高齢であり、台湾女性の王さんがFBで呼びかけて
    いたのも目にし、捜索に協力することにしました。
    その16日後です、中川支局長がタクシーに跳ねられ事故死されたと
    いう記事が目に飛び込んんできたのは。
    正直、驚きました。
    ご高齢の李さんと亡くなられた中川支局長の為にも
    捜索協力をし、翌年4月上旬に年齢をひとつ増えた李さんが
    日本へ来日され石垣先生の御墓参りが出来ました。
    西日本新聞が3日に渡って掲載されたのも中川支局長への想いが
    あったと思います。
    きっと天国で中川支局長も責任を果たしたと喜んでいるのではないで
    しょうか。
    月日が過ぎるのは早いものでもう1年と2ケ月が過ぎましたね。
    しかし、今回の台湾の李さんの件は中川支局長が執筆されなければ
    果たせなかったことです。
    私にとっても、中川支局長がお亡くなりになられたのは大きな損失
    だったと感じております。
    出来れば、中川支局長に御墓参りができたことを執筆してほしかったです。

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    1. コメントいただき有難うございます。記事にもあるように、私よりも中川さんのことをよくご存じの方は沢山いらっしゃると思いますし、記事を書いた後に、色んな方から中川さんのお話を聞くことがあり、そのなかに李さんのお話もありました。どれも共通して言えることは、中川さんはいつもいつも、全力投球でその時やるべきことをなさっていただということですね。1年2か月、本当に時間が経つのはあっという間ですね。

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