2018年3月10日土曜日

【情報募集/阿里山の木材が使われていている日本の建造物】

きょうのグーグルトップの画像は「阿里山森林鉄道」。今日でちょうど開通106年を迎えたそう。昨日ちょうど、陳澄波文化基金会を訪れて会長の陳立栢さんと阿里山森林鉄道の話をしたとことろだったので奇遇に思います。
阿里山のある嘉義を故郷とする陳澄波文化基金会では、「阿里山の世界遺産登録」を目指し、さまざまな資料集めを始めたそうです(実はユネスコに入っていない台湾は世界遺産の認定を求めることが出来ない状況ですが、いつか状況が変わることに希望を抱き準備を進めているとのこと)。
中でも今探している情報が「日本に残る阿里山由来の木材の建物」について。日本時代には台湾より多くの檜木が刈りだされて日本に運ばれ、多くの寺社仏閣の建造に使われましたが、産地も色々でその出自が阿里山のものと特定されているものは少ないそう。現在、はっきりと確認できているものは、明治神宮の一代目大鳥居のみ(空襲で倒れた後、現在は埼玉の氷川神社の鳥居として残っているとのこと)。
山口本の取材中にも、下関の乃木神社や防府の毛利邸、周防大島の日本ハワイ移民資料館などいくつか台湾産檜木を使った建物を見たので、阿里山のものかどうかこれから調べる予定ですが、他にも全国各地で「あそこの建物は阿里山の檜木を使っている」という情報があれば、是非とも栖来までお寄せ下さい。

ところで、山口本の執筆中に悩んだ点のひとつで「果たして台湾の人は日本に台湾産檜木の建造物が多いことを嫌だと思ってはいないか」という問題がありました。
 実際にネットでも、「台湾の多くの巨木が切られ日本に運び出されたのは悲しい」という言説をちょくちょく目にするので、その点について陳立栢さんに尋ねたところ、「台湾の阿里山附近の木を日本人が伐採したのは本当だが、じつはそれ以外のもっと広い地域で伐採が進んでおり、それは戦後に私たち台湾人が自分で伐ったものなのですが、間違った認識を持っている人が多い」という答えが返ってきて、実際に山の地図を見ながら詳しい説明を受けました。

こうした日本時代についての研究が相対的な視点から台湾の方々の間で進んでいることは、日本人として本当にありがたいというしかないですが、同時に陳立栢さんをはじめ現在の台湾「文史」に関わる方達の研究は、戦後の民国政府の教育の元に植え付けられた一元的で歪められた見方に対する怒りを発端としており、決して日本の植民地時代を美化したり讃えるものではないことを、私たち日本人はきちんと肝に銘じておくべきと思います。




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